線形論理のシークエント計算」を前提とする.

相空間

まずは意味論を与えるための構造を定義する.

定義(相空間,ファクト,妥当性)

相空間(phase space)とは$P = (M, \bot_M)$である. ここで,$ M $は可換モノイド,$ \bot_M $は$ M $の部分集合である. 文脈から明らかなときは$ \bot_M $を単に$ \bot $と書く. また,$ M $の単位元を$ 1_M = 1 $と書く. $X, Y$を$M$の部分集合とする.

  • $ X, Y $に対して,$ X \linimp Y := \{m \in M \mid \forall n \in X, mn \in Y \} $と定める.
  • $ X^{\bot} := X \linimp \bot $とする.
  • $ X $がファクト(fact)であるとは$ X^{\bot\bot} = X $を満たすこととする. 相空間$ P $のファクト全体の集合を$\Fact(P)$とする.
  • $ X $が妥当(valid)であるとは$ 1 \in X $を満たすこととする.

相空間の性質

$P = (M, \bot)$を相空間とすると次が成り立つ:

  1. 任意の$ X \subseteq M $に対して,$ X \subseteq X^{\bot\bot} $である.
  2. 任意の$ X, Y \subseteq M $に対して,$ X \subseteq Y $ならば$ Y^{\bot} \subseteq X^{\bot} $である.
  3. $ X \subseteq M $がファクトであることと,ある$Y \subseteq M $が存在して$X = Y^{\bot} $となることは同値.
  4. ファクトは共通部分をとる操作で閉じている.つまり,$ \{ X_i \} _ { i \in I } $ を $ P $のファクトの族とすると$ \bigcap_{i \in I} X_i $もファクトである.

これらは定義からすぐに分かることだが,念のため(3)を証明しておく.

$X$がファクトであるとする. すると定義から$ X = (X^{\bot})^{\bot} $なので$ Y := X^{\bot} $とすればよい.

逆に$ X = Y^{\bot} $となる$ Y \subseteq M $があるとする. $ X = X^{\bot\bot} $を示したい. (1)より$ X \subseteq X^{\bot\bot} $はよい. $ m \in X^{\bot\bot} = Y^{\bot\bot\bot} $が任意に与えられたとする. 今,任意の$ n \in Y $に対して,$ Y \subseteq Y^{\bot\bot} $であるから$ n \in Y^{\bot\bot} $である. よって$ m \in (Y^{\bot\bot})^{\bot} $であるから$ mn \in \bot $である. いま$ n $は$Y$の任意の元であったから$ m \in Y^{\bot} = X$である. したがって$ X^{\bot\bot} \subseteq X $. ゆえに$ X^{\bot\bot} = X $であり,$ X $はファクトである.

論理式の解釈

相構造

線形論理の命題変数の集合を$\Phi$,論理式全体の集合を$\Form(\Phi)$とする. 線形論理の言語に対する相構造(phase structure)とは$\mathcal{S} = (P, S)$である. ここで$P = (M, \bot)$は相空間であり,$S$は命題変数から$P$のファクトへの写像$ S : \Phi \to \Fact(P) $である.

ファクトの演算

ファクト$X,Y$に対して,次のように定める.

  • $ X \otimes Y := (XY)^{\bot\bot} = \{ mn \mid m \in X, n \in Y \}^{\bot\bot} $
  • $ X \par Y := (X^{\bot} \otimes Y^{\bot})^{\bot} $
  • $ \one := \{ 1 \}^{\bot\bot} $
  • $ X \with Y := X \cap Y $
  • $ X \oplus Y := (X^{\bot} \with Y^{\bot})^{\bot} $
  • $ \top := \emptyset^{\bot} = M $
  • $ \zero := \top^{\bot} = \emptyset^{\bot\bot} $
  • $ ! X := (X \cap I)^{\bot\bot} $,ここで$I = \{ m \in \one \mid mm = m \}$は$M$のべき等元で$\one$に属するもの全体の集合である.
  • $ ? X := (X^{\bot} \cap I)^{\bot} $

論理式の妥当性

ファクトの演算より,$ S : \Phi \to \Fact(P) $は$ \bar{S} : \Form(\Phi) \to \Fact(P) $へと自然に拡張される. 今後$S$と$\bar{S}$を同一視する. こうして論理式$A$の相空間での解釈$S(A)$が定まった. また,$ \Gamma = A_1, \dots , A_n $を多重集合とするとき,$S(\Gamma) := S(A_1 \par \cdots \par A_n)$と定める.

論理式$A$に対して以下のように定める.

  • $A$が相構造$\mathcal{S} = (P, S)$で妥当(valid)であるとは, $1 \in S(A)$であることとする.
  • $A$がトートロジーであるとは, 任意の相構造$\mathcal{S}$で$A$が妥当であることとする.

多重集合$\Gamma$に対しても同様に定める.

こうして線形論理の相意味論が定義された.

健全性定理・完全性定理

この相意味論により実はシークエント計算の健全性・完全性が成り立つ.

健全性定理

$ \vdash \Gamma $が証明可能ならば$\Gamma$はトートロジーである.

証明

完全性定理

論理式$A$について,$ \vdash A $が証明可能であることと$A$はトートロジーであることは同値である.

証明

参考文献

  • J.-Y. Girard. Linear logic. Theoretical Computer Science, Vol. 50, pp. 1-102, 1987.
  • J.-Y. Girard. Linear logic: Its syntax and semantics. In J.-Y. Girard, Y. Lafont, and L. Regnier, editors, Advances in Linear Logic, pp. 1-42. Cambridge University Press, 1995.