2019年2月7日

量子コンピュータ入門 目次 <前|

量子計算ではテンソル積が重要な役割を果たす. そのことを理解するための準備として,有限次元ベクトル空間のテンソル積を定義しよう. 一般にテンソル積は圏論的な普遍性で定義されるが,有限次元ベクトル空間に限って考えればそれほど高級な道具は必要ない.

ベクトル空間のテンソル積

$V, W$ を次元がそれぞれ$m, n$である有限次元ベクトル空間とし, $ {v_1 , \dots, v_m} $と$ {w_1 , \dots, w_n} $をそれぞれ$V, W$の基底とする. このとき,$V$と$W$のテンソル積$V \otimes W$とは基底

で生成されるベクトル空間のことである.

定義より $V \otimes W$ の任意の元は

の形に書けることに注意する. また基底の大きさは$m \times n$なので$V \otimes W$の次元は$m \times n$である.

ベクトル空間の直積とテンソル積

ベクトル空間の直積$V \times W$とテンソル積の関係を調べる. ベクトル空間の直積とは,集合としての直積$ V \times W $に次のような和とスカラー倍を定めることにより得られるベクトル空間のことであった: 任意の$v,v’ \in V$,$w,w’ \in W$,$\lambda \in \C$に対して

今,の基底, の基底とする. からへの次で定まる線形写像がある.

今後,に対してのことを単にと書くことにする.

とする. の基底を の基底を とする. の基底は である. は次の線形写像によりと同型となる:

ここでの標準基底である. 今後はこの方法でを同一視する. つまり,例えば

と書いたら,

を意味するものとする.

この記法を使えば

である. また,

である.

複数個のベクトル空間のテンソル積を考えることももちろんできる. 上ではを扱ったが,さらにをテンソルしてを考えることができる. は同型なので区別しなくてよい. よって今後はこれらのことを括弧を省略してと書くことにする. また一般にベクトル空間個テンソルしたもののことを と書くことにする. の基底は

である. 一般に次元ベクトル空間である.

量子計算との関連

量子計算ではとそのテンソル積が重要である. は古典的ビットの「空間」の量子版である. 今後,が古典ビットの, が古典ビットの量子的対応物であることが分かるだろう. また のような複数のベクトルの線型結合で表されるベクトルを(標準基底に関する)重ね合わせ状態という. 量子コンピュータの計算のスピードアップは,個ののテンソル積の次元が次元であることを利用して,「個の状態が重ね合わさった状況を同時に扱う」ような方法でなされる.

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